<1997年3月>
「地域情報軸と地域連携プロジェクト」
ニューCOARA事務局長
ハイパーネットワーク社会研究所理事
尾野 徹
1.地域振興策としての情報化
地域情報化の目的を「その地域に(住む、住まずにかかわらず)縁を持って生
きることの素晴らしさ、楽しさを感じられるようにすること」ととらえ、様々に
試みてきた。
そして、その素晴らしさや楽しさの原点は、企業誘致等のビジネス指向の情報
化だけでなく、自らの存在が前向きに肯定され、同様に他をも認めあう嬉しさの
中にあるとも感じてきた。
つまりは、相手の存在を認めねば自らの存在が認識されないのであって、わが
町、わが地域への一極集中を導く地域開発や地域情報化だけではなく、他地域の
存在を認め、互いの特質を生かしあう、連携しあう方策を模索してきた。
再度言うならば、過去の方策の大半は、我が町を認めろと、東京一極集中への
カウンターカルチャー的であっただろうが、今は、バブルがはじけて戦後2回目
の東京からの人口脱出時期になっているとのことで、概ね、地域主権が社会的に
も合意されつつあるのだろう。そういった流れの中で、互いの地域を認めあいつ
つ連携し、その中で自らの特性を生かす地域連携プロジェクトが今後ますます求
められるのではないだろうか。
これらは、十数年前にパソコン通信電子会議等の双方向ツールが手段として登
場し、それらを使った市民達が、名も無き存在として生きるのではなく、「ああ、
あなたはこういう人だったのですね」と認めてもらいつつ、互いが認めあう歓び
が何にも勝り代え難いことだ、と思い始めたことからの発想と重なったことであっ
た。
さて、この数年(1994年以降)、東京をも一地方としてしまったインター
ネットが登場して、地方主権、地域主権の動きを力強く支援し始めていると思っ
ていたが、昨今、気がつけば東京一極集中は衰えず、再度の方策を考えねばと、
思い直しつつある。
インターネットが九州で市民生活に登場したのは94年7月、大分のニューコ
アラからだった。まだ東京でもほとんどサービスが始まっておらず、地方、地域
としては日本で初めてのことだったようだ。とにかく使った人達が驚いたのはコ
アラに接続したその隣にワシントンやパリ、南アフリカなどのホームページで写
真が広がり、世界がすぐ我々の隣にあったことである。反面、東京にはそのよう
なホームページがまだ登場しておらず、東京はインターネット世界に埋没してし
まったかのように思えた。また、この手の情報発信は経費がかからずできること
から人気のホームページは日本全国様々なところに出現し、地方分散気運を大い
に感じさせてくれている。
しかし、東京は元々パソコン操作を日常業務をするホワイトカラー人口が多い
ところであって、ネティズン(インターネットを使いこなす市民)が拡大、さら
にそれらを見込んでインターネットサービスを提供するプロバイダーの数が凄い
勢いで増えていったことは致し方ないことかもしれない。プロバイダーの数の東
京集中だ。そして、従来の情報産業である出版や放送、新聞など、豊富な情報制
作産業がインターネットに目覚めてからは東京吸引力の速度はより増していった
ように思う。
何しろ新しいコンテンツサービスは資金も情報源も、ユーザーを集めた東京か
た起こり始めるようで、(少数ではあるが)「おれもやってみよう」と思う若者
のいくらかを再度東京に引きつけつつあるようだ。
実は、我々のいるハイパーステーションはUターン、Iターン者で活気づいて
いるのだが、再度東京に出た若者がいることも事実。
このような状況下で、我々地方、地域はどのような具体的な情報化策を考えて
いかねばならないだろうか?
2.官と民のアプローチ
情報通信を整備するアプローチには、公(官庁・行政)と民からの立場がある
が、公の立場の情報化として昨今注目されているのは国内では岡山県や岐阜県な
どがある。
特に岐阜県は、ソフトピア・ジャパンと称して大規模な地域開発を行っており、
インテリジェントビルを建てて県外からの企業誘致の器として機能させたり、コ
ンピュータグラフィックの専門学校を自ら開校したりと次々に策を打ち出してい
る。更に、県庁が率先してパソコンの1人1台体制を敷き民間の範たらんとし、
地場企業と大手企業の提携や、場合によっては海外企業とのJV(ジョイントベ
ンチャー)斡旋等の仲介をも行っている。
しかし、このような大規模開発は、世界的にはマレーシアがたいへんな注目を
集めているのはご承知のことと思う。念のために申し添えるならば、マハティー
ル首相はMSC(マルチメディア・スーパー・コリドー)構想を昨年発表した。
それによると、首都クアランプールに隣接する15km×50kmの地域をマルチメ
ディア特区と定め、その北端は世界一の高さのツインタワービルで、南端は4千
メートル滑走路を2本持つ国際空港とする、というわかりやすいランドマークを
示し、そこに首都機能を遷都するし、IT-cityとして企業立地がしやすい都市づ
くりを行うと表明した。サイバー法という特別の法律も定めて、世界的なマルチ
メディア産業が立地しやすい環境も用意する、という超大規模・本格的なもので
ある。
この意気込みに、マイクロソフト社のビル・ゲイツを含めてアメリカも日本も
大企業が次々と立地を表明したり検討したりと世界の渦の1つになっている。
こうなってくると、地域間競争はまさに国境無き戦いであり、マレーシアやシ
ンガポールが日本各地を押さえて企業誘致力を俄然発揮し、(岐阜の方々には申
し訳ないが)岐阜の勢いも霞んで見えてしまう(しかし、マレーシアがどこまで
できるかは今からのことであり、まだまだ他地域にもチャンスは当然あるだろう
)。
沖縄の太田知事が沖縄の今後の振興策を模索して昨年末にマレーシアを視察さ
れたと聞いているが、日本の各地域はマレーシアやシンガポールのように国家単
位での行動力にはなかなかかなわないようだ。
しかし、待って欲しい。情報化企業の誘致だけが地域情報化策ではないのは当
然のことで、それらは地域内の魅力的な職場作りということであり、冒頭で述べ
た「その地域に縁を持つことの素晴らしさ、楽しさ」実現のワン・ノブ・ゼムで
あるはずだ。また、民からのアプローチとしては学からのもの、企業からのもの、
市民からのもの、といくつかタイプがあるが、シリコンバレー地区のスマートバ
レー公社のようにうまくいっている事例を取り上げると、たとえハイテク企業が
リードしているように見えても、また、スタンフォード大学が積極的に支援した
としても、エンドユーザーとしての市民の参画が何らかの形で行われている場合
にのみ素晴らしい結果を産み出しつつあるようだ。
スマートバレーでは、行政マンも企業マンも組織としてネットワークを使いこ
なす以前にネティズンとして生活しつつ組織に属しているようで、そこに多様で
柔軟な価値観が認められ「企業がよくなった」という事例よりも「こういう風に
生活が便利になった、面白くなった」というような表現で物事が語られるようだ。
そこでは企業興しも、冷戦終結後のハイテク企業不況地域になったシリコンバ
レーを救おうと、そういうネティズンが中心となって官民合同の地域興しJVが
出来たほどだったからである。ネットワークを使いこなす環境が人的(市長だっ
て使う)にも設備的(英語圏はタイプがごく当たり前だし、日本語入力のソフト
も不要であって一般的に日本人が使うパソコンよりも数段安いパソコンでよい)
にも自然であったから、ということの方が大きいかもしれない。
つまりは、官や学、企業が絡んだとしても、常にエンドユーザーである市民が
ベースとなりリードできうるボトムアップ型が一番強いように思える。
かといって官が最初にリードしていくことももちろんあり得るだろう。シンガ
ポールは明らかに当初は国家リード型で”IT2000”というビジョンを示し、昨
今はその具体策として”シンガポールONE(One Network for Evreone)”
を提唱して情報産業育成を図っている。日本のように迷わずに、これはという新
技術を積極的に取り入れたり、インターネットプロバイダーの許可を3社に絞り
込んで、それらが企業的に成立し得る産業育成策をも推進している。
行政への届け出書類が一部インターネットで可能な仕組みをつくるなどと、行
政から気運を盛り上げており、その結果として(英語圏でもあるからか)企業利
用や市民利用が大きく進展、広告物にはホームページのアドレスが書かれること
が普通であり、子供から大人まで様々に利用が図られつつあるようだ。
これが進めばシンガポールは、たとえアダルトもの等への国家的アクセス規制
があったとしても、エンドユーザーとしての市民利用がきっと新しい世界を見つ
けだすこととなり、官が種を蒔いたが最終的には市民が利用のリードを考えるよ
うになった、という好例となるかもしれない。
さて、以上のような背景の中で、我々はどのよう行動し、今後をどのように考
えていけばよいのか?
難しいがとにかく出来るところからと、大分は95年からNTTマルチメディア実
験を誘致しつつ、通産省や郵政省のプロジェクトを組み合わせ、エンドユーザー
に近いところからのマルチメディア実験に取り組んできた。
それらは、ハードインフラとしての”情報コンセント”実現と、その上で動く
”アプリケーション・インフラ”、コンテンツ制作、そしてそれらを健全に導き
動かす新・運営体”地域情報化委員会”を模索することから始まった。
3.ハードインフラとしての”情報コンセント”
家庭や職場に24時間フルに自由にじゃぶじゃぶと使えるインターネット線を情
報コンセントという名前で実現したい、という構想は、NTTマルチメディア実験
とインターネットEXPO事業で、約20本の光ファイバーと10本の128Kbps専
用線の期間を限った借用、という形で実験として実現した。前者が95年秋〜97年
3月末までで組織に貸し出し、後者は96年4月〜12月末までで個人ユーザーに貸
し出しを行った。
未来は、このような情報コンセントがベースになったRII(地域情報基盤)が作
られるはずだという、モデルシステムの出現であった。
その経緯、及び今後のことの詳細は別稿とするが、以下、後の論を進めるため
にアウトラインのみを紹介する。
実験と名前が付くほどであるから、現実社会よりも少し未来の状況がハードイ
ンフラとして用意されたわけで、それらを使えるユーザーは、例えばインターネッ
トでビデオメールが送れたり、TV映像までもが自由に使えるだろうと想定し、そ
ういった技術準備を進めた。
期間中に新しく出現したインターネット・ビデオ映像伝送技術(StreamWorks
等)等を積極的に取り入れたところ、確かに、光ファイバー等の高速性は大いに
未来を彷彿させるもので、アプリケーションインフラとして開発したマルチメディ
ア電子会議Hyper-Conf.(今後のバージョンアップを多分に行う必要があるが)
は実験利用者には大いに好評となった。
NTTは我々の言う情報コンセントをOCN(オープン・コンピュータ・ネット
ワーク)サービスとして開始すると期間中95年に発表(正式発表は96年2月22
日の社長発表にて)した。ただし、それらの装置は全国一斉に用意できず、地域
ニーズのあるところからということで、九州では福岡と大分で97年2月25日より
先行サービスが開始された。

そして、我々RIIも実験から実用へ、というスタンスで97年4月以降の準備が今
行われているが、それらはOCNを本格的に使ったものである(図)。特に大分
県内一円を市内電話料金で通信ができるようにする豊の国ネットは、従来のパソ
コン通信タイプのものからインターネット型へのバージョンアップを行うことに
よって、大分県は全国で最も早く全県にOCN装置を設置できることとなった。
さらに、県庁とハイパーステーションを光ファイバーで結ぶルーターをNTT局舎
内に設置し、RIIの光幹線をとするなど、OCNの本格的実験利用の先進モデルと
なっている。
つまりは、岡山や神戸などのように行政独自で光ファイバーを引くのではなく、
安く事業者(この場合NTT)に設置させ、それを借り上げるということであって、
光ファイバー型インターネット・インフラの実用地域利用の第一歩となるはずで
ある。
今後は、この幹線設備などをベースに拡張や、CATVを使った他の高速イン
フラ、無線通信(PHS装置による32kbpsという実用速度の通信も4月1日より
始まる)インフラ、さらには今後出てくるであろうADSL(Asymmetric Di
gital Subscriber Line)等の新技術インフラ等をも組み合わせて、より安価で
品質のよいRIIを目指すことになるだろう。我々は、FTTH(Fiber to the ho
me)の実現まで、それらのハードインフラを地域の手に入れるために、今後も
様々に地域ニーズをうまくまとめつつ国やメーカーに働きかけを続けていきたい。
4.アプリケーションからコンテンツ開発へ
〜 それらはサイバーステーション
さて、前述のハード、インフラの上で動くのがアプリケーション・インフラで
ある。それらは、エンドユーザーに対しては「サービスの種類」として見えるの
であろうが、上記のハードインフラでつくられるサービスは、以下のような特性
で区別できる。
(a)Live・・・TV中継のようなもの。定点カメラ観測等などもある。かつ、ビデ
オ・オン・ディマンド等と隣接する。
(b)New・・・文字どおり新しい情報、新しい企画など。
(c)Daily・・・毎日更新される内容。
(d)Weekly・・・毎週更新される内容。
(e)Monthly・・・毎月更新される内容。
(f)Season・・・季節毎にイメージを模様替え。
コアラのトップ・ホームページは、こういったことを意識してアプリケーショ
ンとコンテンツをつくってきたが、これらでつくられる情報サービスは、既存の
組織では行っていないことであり、新しいくくり方、新しいコンセプトが必要の
ようだ。
放送局? 出版局? 市民交流局? 電子文化局? ネティズン文化局?
残念ながらどれをとっても今一つコンセプトを吸収できないように思われる。
それこそ、”サイバーステーション”とでも新たにネーミングして、その名前
の中に数々の新しい機能を包含したコンセプトを新発見として受け入れつつ、市
民社会に普及させていくことにしか見いだしそうにない。そして、このサイバー
ステーションは産業振興局でもある。新しい仕組みには人が集まり、仕事も発生
する。それのみならず、インターネットは技術的にも日々発見の連続であり、ネ
ティズン革命そのものに、SOHO(スモールオフィス・ホームオフィス)的産
業があちらこちらで周囲に起こってきているようだ。
アルバイト的にホームページを自宅でつくることから、専門的なプログラム類
をつくり(コアラメンバーではないが)、その利用権を月数百円で売っても数千
人に売れば通常の月給者以上の収入になる、という類の通常の商慣習や価格構造
を突き破って成長するSOHO的な動きが様々に刺激を与えている。
先日行われたハイパーネットワーク社会研究所のワークショップ(97年2月20
〜22日、別府湾ロイヤルホテルにて160人以上が集まり開催)でも、福岡で3人
程度の社員で初年度で1億円売り上げたという話が出てきたり、21歳でとにかく
やってみたいと、兄弟で起業したネティズン達、東京や海外から新技術を持って
きて「いっしょにやらないか?」と投げかけたりする人達等と、サイバーステー
ションは、そのような夢を持つ若いネティズンに道を開き、活躍の場を与える役
割を自然と持っている。
まさに、これからの産業の大企業だけでないあり方を示唆しつつ、ネティズン
の育成がネティズン文化も”ネティズン産業”をも引き起こすという、従来の大
企業誘致策とは別の、新しい産業育成策として浮かび上がってくる。
その、ネティズン産業の特徴は、物販というより役務に重点が置かれているで
あろう。また、価格破壊的な薄利多売の特質を持つがゆえに、一企業(?)当た
りの人数も、売上額もせいぜい1〜2億程度と小さいものが主体となりそうだ。
さらには、一商品当たりのライフサイクルが短いのも特徴だろう。
このようなネティズン産業に満ち満ちたサイバースペースこそ、デジタルフロ
ンティアであるのだろう。
我々、ルーラルな地域は、シンガポールやマレーシアと違って、国の立法権限
を持たずとも、また、大投資ができなくとも、(ハイテク団地や大規模ビルをつ
くるお金に比べてはるかに安いので)このようなネティズンが育つ”REC”
(地域電子コミュニティ;Regional Electoronic Community/ハードインフ
ラ、アプリケーションインフラの上にできあがる人々の結びつき)をつくる投資
を惜しまず進めていくことが1つの重要な選択肢であろう。
5.九州情報軸プロジェクト
2月27〜29日、マレーシアの行政関係者がルック・イースト政策でコアラに2
泊3日で視察にやってくる。今回はマルチメディアに的を絞ったところ、コアラ
に注目することになったようだ。さらに、97年3月末にはマハティール首相がマ
ルチメディア誘致の旗を掲げて九州・福岡にやってくる。冒頭に述べたようにマ
レーシアは世界でマルチメディア産業振興を企業誘致を掲げてのモデル代表国家
であって、まさに日本も世界も注目しているところである。
海外進出を願うNTT等の活躍で通信インフラが整えば、企業誘致だけではなく、
ネティズン振興策がより優先されるようになるだろう。
昨年福岡で開催された九州アジア地域交流自治体サミットは、今年はまさにマ
レーシアで行われるとのこと。それもマルチメディア実務者の交流会も考えてい
るようだ。
大分と福岡は昨年高速道路が(やっと)開通し、コアラ等が用意した情報道路
を使ってネティズン達が楽しさ、面白さ、新しさを求めて様々に行き来している。
特に博多湾のソフトリサーチパークの近代的ビル群や天神界隈は都会としての
にぎわいと面白さを提供し、別府湾周辺は、海を見おろすリサーチ・ヒルやソフ
トプロバンス、より職住接近のやわらかい働き易さ、別府温泉や湯布院の自然の
うるおい、など、互いに情報産業に従事しやすい環境ながらそれぞれの地域特色
を活かそうとしている。
福岡〜大分は高速道路効果による流通変革もあって新ブロック経済圏ができあ
がっており、それのみならず、それらを往復する情報回廊、マルチメディア回廊、
ネティズン回廊が出来つつあると言える。
ならば、これを1つの情報軸と捉えようではないかと話は進む。
九州情報軸の浮上だ。
未来の九州情報軸の環の一部が先行的に福岡〜大分で浮かび上がっていると捉
え、それを各地域にのばしていくことを考える時期がきているのではないか?
今後は、沖縄のマルチメディア特区による地域振興が注目を集めるだろうし、
その先にはまさにシンガポール、マレーシアが続いている。
各地にRECをつくり、それらを地域連携として結び、ネティズンの交流の上
に産業振興も、地域に住む喜びも見いだしていくことができるだろう。
今回の実験で開発したマルチメディア電子会議システムHyper-Conf.等はネティ
ズン交流のツールであり、各地に同じシステムを置けば、互いに自動的に内容を
転送しあうことができるように工夫されており、一極集中的なREC交流でなく、
REC単位の交流を前提としている。日本国内でNN(ナショナル・ネイバーフッ
ド)連合と称して6地域間で文字通信ではあるが数年間の運用実績を持っている。
そういうなかに九州情報軸から、アジア情報軸構築の支援ができるだろう。
別府には99年開校予定のアジア太平洋大学があり、学生の半数はアジア各地か
らの留学生とすることになっている。社会人も受け入れるそうだ。
21世紀はアジアの時代といっても、人種も言語も文化も宗教も政治も様々であっ
てその多様性をどのように納めていくかが問題であり、それらを学究しつつ、ツー
ルとして電子ネットワークを使うことが前提となるのは当然のことだろう。
また、福岡には、アジアと九州を結ぶ様々な施設が集結されており、いや、ま
すます今後も集積されて、そのような産業人育成、企業人育成、若手の教育など
がますます重要になるだろう。
福岡〜大分の情報回廊はそのような面でも活気づくだろう。福岡はこのような
九州各地からの九州プロジェクトを積極的に受けていくのも面白い。
大分からは九州情報軸プロジェクト、鹿児島・熊本からは九州新幹線プロジェ
クト、長崎・佐賀からは大規模テーマパーク観光等々とさまざまに提案されてい
る。
ともすれば福岡から福岡への一極集中を促すような九州プロジェクトが提案さ
れがちであるが、互いの地域の特性を認めあい、互いの地域を活かす地域連携プ
ロジェクトこそが、地域に住む喜び、その地域に縁をもつ楽しさを創り出してく
れるだろう。